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森戸文庫解題


「広島大学森戸文庫目録(続)」(広島大学附属図書館 昭和54年)より


1.特色

森戸先生旧蔵の図書,雑誌,資料類は,本学が受贈したもののほか,広島修道大学(経済学関係,洋図書300冊,和図書580冊),日本女子大学(婦人問題関係,洋図書45冊,洋雑誌1種)および独協大学(哲学関係,洋図書22冊,洋雑誌2種)にも寄贈されている。これらのなかで,本学受贈分が,質・量ともに先生の蔵書の根幹をなしている。
 下記の表は,昭和48年広島大学図書館刊行の『森戸文庫目録』および今回発行の目録に収録した図書,パンフレットの総冊数を主題別に分けてその分類項目ととに整理したものである。

分類項目

冊  数

和文図書欧文図書欧文パンフレット
0 総記
1 社会主義
2 社会主義運動
3 無政府主義
4 社会問題・社会政策
5 経済学
6 社会学
7 政治・法律
8 哲学
9 その他 教育
       人文
       自然科学
100
251
38
29
283
233
36
137
145
18
21
11
18
418
262
75
274
160
108
125
208
23
52
15

199
42
130
208
20
13
72
18


118
868
342
234
765
413
157
334
371
45
79
26

1,3021,7387123,752
雑誌種類数和文雑誌(種)欧文雑誌(種)計(種)
9352145

この表に示されているように,本学の森戸文庫は,和書1,302冊,洋書1.738冊,欧文パンフレット712冊,計3,752冊と別に雑誌145種からなる。

本文庫の第1の特色は,多数の欧文パンフレット類がふくまれていることである。先生は,大原社会問題研究所から派遣されて,1921年5月から1923年2月まで,1年10ヵ月,ドイツに留学された。当時のドイツは,第1次世界大戦の敗戦とそれに続く革命運動の衝撃が尾をひいて,なお混乱のさなかにあった。このような社会の激動期に遭遇された先生は,大学の研究室にとじこもるより,むしろドイツの実社会と現実政治の観察に,さらには社会民主主義政党や共産党の活動にも,強い関心を向けられた。
 本文庫には,のちに詳述するように『資本論』初版本をはじめとして,数多くの貴重な古典的文献が収められているが,他方,先生は,激動のドイツで,実際に民衆の生活や運動に強い影響を及しているのは,難解な純理論的著作よりも,平易な言葉で書かれたパンフレット類であるとのお考えから,左翼政党等のパンフレットを精力的に収集された。
 こうしたパンフレットは,書店をつうじて入手されたものもあるが,多くは,右派社会党や独立社会民主党などの書記局や運動関係者から直接入手されたものである。それらは,当時のドイツにおける左翼運動や民衆運動の研究には不可欠の文献であるが,むろん,いまとなってはもはや他に入手の術もない貴重な資料である。今回寄贈された"赤刷り" として知られる『新ライン新聞 最終号』
(Neue rheinische Z eitung.Koln・301(Mai 19,1849)〔F〕は,先生が右派社会党の本部に足しげく出入りされた結果,親密になった党の図書館員をつうじて入手されたものである。
 
本文庫の第2の特色としては,東京帝国大学経済学部時代の先生のご専攻が,社会問題・社会政策であったことから,"社会主義""社会主義運動""無政府主義""社会問題・社会政策""経済学"関係に多数の貴重書が収録されている点をあげることができる。
 社会政策学が体系ある学問として成立するには,"社会理想"の明確な認識が,その前提になるとのお考えから,先生はまず,"無政府共産主義"の研究に着手された。その結実である「クロポトキンの社会思想の研究」という論文が,先生の東大ご退官の原因となったことについては上述したところである。
 その後も,無政府主義に対する先生のご関心は衰えを知らず,今日もなお,先生は無政府共産社会こそ人類の理想であるというかたい信念をいだきつづけておられる。本文庫は,先生の蔵書のこの点の特質を考慮して,とくに"憮政府主義"の分類項目をおこした。そこには,ゴドウイン・プルド ン,バクーニン,クロボトキン,シュティルナーなどの貴重な図書が,多数収められている。
 先生には,ドイツ留学の課題のひとつとして,大原社研のために,社会主義,ことにマルクス・エンゲルス関係の文献を収集するという任務があった。先生は1年先にドイツにきていた櫛田民蔵氏とともに,古本国こ足しげく通われた。マルクは安く,円の強い時代であったから,日本の大学等からも,学術文献購入のために渡独するものがあとをたたなかった。しかし,ドイツ古典哲学の著作類はともかく,マルクス・エンゲルス関係の文献を日本から買い集めにきたのは先生らが最初であった。
 ソ連のマルクス・エンゲルス研究所のリヤザノフも・おなじころドイツにきて,マルクス・エンゲルス関係の著作を精力的に買いあさっていた。両者の間にくりひろげられた"集書競争"は,当時ドイツの古本屋仲間の語り草になったほどである。先生らは,マルクス・エンゲルス関係の著作を専門にするベルリンのストライサントという古本屋を拠点に,八方手をつくされた。"日ソ集書競争"の軍配は,森戸組にあがったというのが,先生ご自身の評価である。
 この苦労が実って,先生は,マルクスがクーゲルマン宛に贈った署名入りの珍本『資本論』第1巻の初版本をはじめ,数々の貴重かつ大部の文献を大原社研のために入手された。そのほとんどは,古本屋をつうじて購入されたものであるが,上述のマルクスの署名入りの『資本論』は,先生が,当時のベルリン商科大学教授エルツバッヒャー博士から贈られたものである。さらに先生は,アナキズムの収集家として世界的に知られていた同博士の蔵書を大原杜研のために譲りうけられた。大原社研のための収書と平行して,先生は個人としてもマルクス・エンゲルスの著作を積極的に買い集めておられる。それとともに,先生はとくに,無政府主義や社会民主主義関係の文献をも系統的に買い求められた。これら先生がドイツ留学中に購入された貴重な文献は,大部分が広島大学に寄贈され,本文庫の主要な部分になっている。

2.内容

 1. 社会主義

 今回,本学の森戸文庫に追加分として寄贈された図書のうち,"社会主義"の項目に分類されるもののなかには,森戸先生のご研究に関係の深い多くの貴重な文献がふくまれている。なかでも,マルクス・エンゲルスや,ラサール,ベルンシュタインなどの著書オット・バウアー,マックス・アドラーなどオーストリア・マルクス主義者の著書などのドイツ語文献が重要なものとして挙げられよう。
 先生のマルクス主義研究はアナキズムとの対比を意識しながら,長年月にわたっておこなわれた。とくに両者の最大の対立点である国家論と革命論に研究の重点がおかれていたが,そのような問題意識からみて,先生が,興味を持たれたのは,後年の"経済 学者"マルクスよりも,むしろ,へ一ゲルの法哲学をこえたマルクスが,さらにすすんでフォイエルバハを克服しようとしていた時期,つまり初期のマルクスであった。先生は,主としてこの時期の『独仏年誌』に拠りつつ,初期マルクスの国家観を詳細に吟味された。(「マルクス国家観の生誕」大原社会問題研究所雑誌 第4巻第1号 大正15年 月, 「スチルナアの無政府主義とマルクスの国家観」同誌 第5巻第1号 昭和2年3月)
 今回の寄贈図書のなかにはこの『独仏年誌』(Deutsch-Franzosische Jahrbucher.1.und 2.Lieferung.Paris,1844)〔B-1283〕がふくまれているのが,まず注目される。
 『独仏年誌』は,マルクスとアーノルド・ルーゲの協力によって,1844年2月パリで刊行されたも のであるが,ドイツとフランスの急進的民主主義者や社会主義者を結集しようとしたこの雑誌『独仏年誌』も,マルクスとルーゲの不和や財政上の困難のために,最初の第1・2号合併号1冊を刊行しただけで廃刊の運命にあうことになる。その点では,この『独仏年誌』は,現在きわめて貴重で珍らしい本である。またこれに収録されているマルクスの「ユダヤ人間題によせて」と「へ一ゲル法哲学批判序説」さらにエンゲルスの「国民経済学批判大綱」と「イギリスの状態」の4論文が,マルクス・エンゲルスの思想形成史上,決定的に重要な意義をもつものであることはよく知られている。
 マルクス・エンゲルス以外の,この時期こ属する重要な文献としては,アーノルド・ルーゲ編『アネクドータ』(Ruge,A.;Anekdota zur neuesten deutschen Philosophie und Publicistik von Bruno Bauer,Ludwig Feuerbach,Friedrich Koppen, Karl Nauwerck,Arnold Ruge und einigen Ungenannten,Bd,1-2.Zurich,1843)〔B-1313〕およびウィルへルム・ヴァィトリング『調和と自由の保障』(Weltling,W.;Garantien der Harmonie und Freiheit.Vivis,1842)〔B-1315〕がふくまれているが,これらもきわめて貴重である。後者はヴァィトリングの主著で,かれがドイツ共産主義の最初の理論家としての名声を得たのは,この書によってである。少し時代が下ったところでは,エンゲルスの『ルートヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結』(Engels,F;Ludwig Feuerbach und der Ausgang der klassischen deutschen Philosophie.Stuttgart,1888)〔B-1286〕も重要である。
 ところで今回寄贈された社会主義関係の図書のなかにオーストリア・マルクス主義の文献が多いこともひとつの特徴であるといってよい。森戸先生は,マルクス主義の唯物史観を,経済決定論とまでは断定しておられないが,それが人間の精神的自主性を低く評価するものであるとして批判される。
 そしてこのような問題意識から,マルクス主義のなかでも,オーストリア社会民主党のマックス・アドラーらが新カント派哲学とマルクス主義とを結合しようとした試みに強い関心をもたれたようである。
 そのオーストリア・マルクス主義の文献では,オットー・バウアー,ヒルファーデイングの著書が各1点あるのに対して,マックス・アドラーの著書が9点もあるのが注目される。
  マックス・アドラーの『思想家としてのマルクス』(Adler,M.;Marx als Denker.2.,umgearbeitete Aufl.Wien, 1921)〔B-1269〕,『思想家としてのエンゲルス』(Adler,M.;Engels als Denker.Berlin,〔1920〕)〔B-1266〕はそれぞれ,マルクス,エンゲルスの理論的貢献の精神史的意義を明らかにしようとしたものである。とくに後者はF・メーリングらのエンゲルスに対する低い評価を批判して,エンゲルスの独自性と創造性を強調している点に特徴がある。『科学論争における因果論と目的論』(Kausalitat und Teleologie im Streite um die Wissenschaft.Wlen,1904)〔B-1268〕はマルクス主義の方法論を論じたもの,『マルクス主義の国家観』(Die Staats auffassung des Marxismus.Wien,1922)〔B-1273〕は,マルクス主義国家論を論じ,また,それをわかりやすく解説したものが『政治的民主主義と社会的民主主義』(Politische oder soziale Demokratie.Berlin,1926)〔B-1271〕である。『新しい人間』(Neue Menschen.Berlin, 1924)〔B-1270〕は,アドラーの教育革命論を述べたもの,『カントとマルクス主義』 (Kant und der Marxismus.Berlin,1925)〔B-1267〕は,マルクスの唯物史観・経済学説をカントの批判的認識論と結びつけようとしたものである。また,『カントの認識批判における社会学的なもの』(Das Soziologische in Kants Erkenntniskritik.Wien,1924)〔B-1272〕は,カウツキーの『倫理と唯物史観』(Kautsky,K;Ethik und materialistische Geschichtsauffassung.Stuttgart,1922)〔B-119〕とプレハーノフによるカント認識論の解釈を批判したのちにカントの実践哲学と宗教哲学の解説をおこないつつ,信仰や神の理念の社会的内容,精神生活の社会的性質などを解明している。この著作はのちになって,神秘的,反動的傾向をもつものとしてデポーリンからきびしく批判されることになる。
 社会主義関係の図書としては,以上のほかにカウツキー,ラサール,ベルンシュタイン,リープクネヒトなどのドイツ語文献のほか,イギリスでは空想的社会主義者ロバート・オーエンの『新道徳世界』(Owen,R.;The Book of the new moral world.London,1842)〔B-1308〕などの重要文献がふくまれており,かなり広い範囲の図書が集められているといえるが,中心はやはり,マルクス主義と自由の問題に関連した初期マルクスおよびその周辺の文献とオーストリア・マルクス主義をはじめとする修正マルクス主義関係の文献であろう。

 2. 社会主義運動

 この分野でも貴重なものが多く収蔵されている。まず,ベルンシュタインの『労働者階級のインターナショナルとヨーロッパ戦争』(Bernstein,E.;Die Internationale der Arbeiterklasse und der europaische Krieg.Tubingen,1915)〔B-1316〕は,もともと,かれが『社会科学・社会政策雑誌』の第40巻(1914~15)に寄稿した論文を1915年にパンフレットのかたちで,モール社から出版したものである。
 エンゲルスの『フォルクスシュタート国際間題論集』(Engels,F.;Internationles aus dem Volksstaat,1871-75.Berlin,1894)〔B-1318〕は,かれが1871年から,1875年にかけて,『フォルクスシュタート』に書いた国際問題こ関する小論文を,1894年に小冊子にまとめたものである。
 また,ラサール関係のものとしては,有名な ”賞金鉄則論”から自助的組合の不毛性を説き,国家信用による生産組合の設立をめざして,普通選挙をとおしての国家の改造の必要を説いた代表作『公開答状』(Lassalle,F.J.G.;Offenes Antwortschreiben an das Zentral-Komitee zur Berufung eines allgemeinen deutschen Arbeiter -Kongresses zu Leipzig.Berlin,1919)〔B-1296〕がある。このほか,本文庫にはラサールの著作がかなり多くふくまれているが,アナキズムに傾倒された先生が,国家社会主義者ラサールにも強い関心を示されたことは興味ぶかい。
 メーリングの『ドイツ社会民主党史』(Mehring,F.;Geschichte der deutschen Sozialdemokratie,Bd.1/2-3/4.8.und 9.Aufl.Stuttgart,1919)〔B-1324〕は,一政党の歴史という枠をこえて,19世紀のドイツ政治史としても高く評価されている名著である。なお,先生の留学中におきた社会民主党の合同問題は,先にもふれたように先生の主要関心事のひとつであった。

 3. 無政府主義 

 前述したクロポトキン事件ののちも,先生のアナキズムにかんする研究は続いた。最終回に寄贈されたアナキズム関係の文献は,どれも先生の愛着がとりわけ深いものばかりである。
 イギリス・アナキズムの最初の理論的著作であり,”正義”の原則にかなった自由な人間の集合体としての新しい理想社会を論じたゴドウィンの『政治的正義』(Godwin,W.;Enquiry concerning Politlcal justice and its influence on morals and happiness,vol.1-2.4th ed. London,1842)〔B-1332〕もそのひとつである。なお,ゴドウィンについては,先生の「ゴドヰンとウォルストンクラフトとの結婚」上,下(『我等』大正14年10月,11月)という論文がある。
 クロポトキンと先生のむすびつきはあまりにも有名である。先生は帰朝後に『クロボトキンの片影』(大正13年,同人社)を出版され,さらに第二次大戦後にも,アテネ文庫から『クロポトキン』(昭和24年,弘文堂)を刊行しておられる。このクロポトキンの代表作のひとつである『パンの略取』(Kropotkine,P. A.;La conquete du pain.Paris,1892)〔B-1333〕の初版本が本文庫に収められている。これは労働者階級が未来社会について明確なイメージをもつ必要を説き.無政府共産主義の未来像を描きだしたものである。
 ドイツから帰られた先生は,アナキズムの研究をマルクス主義との対比でいっそう深められた。その手がかりになったのはシュティルナーであり,とくに本文庫にあるその代表作,『唯一者とその所有』(Schmidt,J.K.;Der Einzige und sein Eigenthum,von Max Stirner.Prjvat-Ausgabe.Leipzig,1911)〔B-1335〕である。それは,私的所有の対概念としての ”自己所有”と,政治集団による革命に対置された“反逆”の理念から,独特のアナキズムを展開したものである。本文庫こあるのは,アメリカ人,J.H.マッケイがプライペイトに編んだ限定版である。なお,先生のシュティルナー関係の労作には「スチルナァの『唯一者』とエンゲルス」(『我等』大正15年4月),「スチルナァの無政府主義とマルクスの国家観」(『大原社会問題研究所雑誌』第5巻第1号,昭和2年3月),「『唯一者』の結構」(同上)がある。

 4. 社会問題・社会政策

 労働者むけに編まれた暦 『アルメ・コンラート』(Der Arme Conrad.Illustrierter Kalender fur das arbeitende Volk fur 1878-1879: 3.- 4.Jahrgang.Leipzig,1878-79)〔B-1337〕は,1878年版と1879年版の2冊がある。これには,ゴータ大会で合同した旧アイゼナッハ派と旧ラサール派双方の有力な社会民主党員の寄稿があり,ハイネやパブーフなどの簡単な紹介も載っている。
 講壇社会主義の代表的論客として知られるルヨー・プレンターノについては,先生はその著作の翻訳『労働者問題』(大正9年,岩波書店)を出しておられる。このプレンターノの代表作『現代の労働組合』(Brentano,L.;Die Arbeitergilden der Gegenwart,Bd.1.Leipzig,1871)〔B-1339〕の初版が本文庫に収められている。それはイギリスにおける労働者の生活状態や労働組合の研究をつうじて独特の賃金論と労働組合論を基礎づけたものである。
 エンゲルスの『アメリカにおける労働運動』(Engels,f、.;TheLabor movementin America.New York,1887)〔B-1342〕の第7版,1921年版は,もともと『イギリスにおける労働者階級の状態』のアメリカ版の序文として書いたものを,小冊子にまとめたものである。
 また,マンデヴィル『蜜蜂物語』(Mapdeville,B.;The Fable of the bees. 4th. ed. London,1725)〔B-1346〕は,軽妙な筆致で書かれた社会批判の書である。かれは,このなかで繁栄が貯蓄によるよりも支出によってもたらされるという教義を説いた。ケインズがのちに,この説を高く評価し,マンデヴィルに対して経済学説史上,正当な地位をあたえたことはよく知られている。この書の第3版が1723年に出たとき,裁判で有害な書物であるとの判決が下されたが,本文庫にあるのは1725年の第4版である。                
 シュタインの『フランス社会運動史』(Stein,L.von;Die Geschichte der sozialen Bewegung in Frankreich von 1789 bis auf unsere Tage, Bd.1,3.Munchen, 1921)は,1789年から1850年にいたるまでのフランスの社会運動の歴史を記述したものであり,その視点にはフランス社会主義の影響が色こくみられるが,本文庫に収められているのは,1921年版の第1巻『社会の概念と1830年までのフランス革命の社会史』(Der Begriff der Gesellschaft und die soziale Geschichte der franzosischen Revolution bis zum Jahre 1830.)〔B-756〕と第3巻『王制,共和制およぴ1848年2月革命以後のフランスの主権』(Das Konigtum, die Republik und die Souveranitat der franzosischen Gesellschaft seit der Februarrevolution 1848)〔B-756〕である。 
 ドイツの社会主義者で,社会民主労働党の指導者の1人であり,すぐれた実践的活動家としても著名なペーペルの『婦人と社会主義』(Bebel,A.;Die frau und der Sozialismus. Stuttgart,1919)〔B-582〕は,今では婦人問題の古典的名著としての評価をえているが,この本の初版が出版された当時のドイツでは、"社会主義者鎮圧法"の下に社会主義運動が弾圧され,本書も秘密出版として刊行されたという。本文庫に収められているものは,その1919年版である。
 ドイツの社会政策学者へルクナーの主著『労働者問題』(Helkner,H.;Die Arbeiterfrage.5. Aufl. Berlin,1908)〔B-645〕は,労働者問題を歴史的,実証的に分析するとともに,これに対する国家の社会政策を述べたものであるが,本文庫に収録されているものは,1908年刊行の第5版(増補改訂版)である。
 ウエッブ夫妻の『労働組合運動史』(Webb,S.&B.;The History of trade unionism.London,1907)〔B-794,B-795〕は,イギリス労働組合運動史にかんする古典的名著であり,1920年に改訂版が出ているが,本文庫に収められているのは,その改訂版および1907年版である。本書は労働者団体の起源を18世紀以降に求め,およそ2世紀にわたってイギリス労働組合運動の歴史を詳細にあとづけている。本書における、”労働組合は労働生活の諸条件の維持,または改善を目的とする賃金労働者の永続団体である”という労働組合の定義は,しばしば各種の文献に引用されているほど有名である。
 最低生活費の研究の先駆者として有為なローントリーの『貧乏 -地方都市生活の研究』(Rowntree,B.S.;Poverty;a Study of town life. London, n.d.)〔B-740〕は,1899年に著者がヨーク市においておこなった市民生活の調査に基礎をおくもので,かれの研究はその後,労働者家族の生活費の調査や生活水準の研究に大きな影響をあたえた。
 イギリスのギルド社会主義者オレージの編さんした『ナショナル・ギルド』(Orage,A.R,ed.;National guilds. London,1914)〔B-721〕は,雑誌『新時代』の編集者であったオレージが1912~13年に同誌に掲載したホブソンの論文を編集し出版したもので,ギルド社会主義の最初の宣言といわれており,現行賃金制度を批判し,労働者による産業管理組織としての“ナショナル・ギルド”の設立を提唱したものである。                       ノ
 ハイマンの『資本主義の社会理論』(Heimann,E.;Soziale Theorie des Kapitalismus.Tubingen, 1929)〔8-643〕は,社会政策の本質について社会主義的解釈論を試みた典型的著作のうちのひとつである。

 5. 経済学

 経済学関係については,大きくわけて,マルクスの著作とイギリス古典派経済学の文献に重要なものがふくまれている。
 まず,マルクスの著作のなかで最も注目されるのは,『資本論』(Marx,K.;Das Kapital,Bd.1-2. Hamburg. 1867-85)〔B-1357〕第1巻の初版本,同じく第2巻の初版本,さらにフランス語版『資本論』(Marx,K.;La Capital.Paris,1872-75)初版本である。とくに第1巻の初版本は,世界でも現存するものが少なく,その点できわめて貴重なものである。今回これが森戸文庫に加えられたことは,同文庫自体の価値をますます高めたものとして特記すべきであろう。
 マルクスの『資本論』が,資本主義経済の歴史的特殊性と運動法則を科学的かつ徹底的に解明して19世紀後半以降の社会主義運動に圧倒的な影響を与え,またそれ以後の経済学・社会科学の研究にとって最も重要な道標となった記念碑的文献であることは,あらためていうまでもない。その全3巻のうち,第1巻だけはマルクスの手によって完成されたもので,エンゲルスの整理・編集による第2巻,第3巻とは区別される重要性をもっている。
 またこの第1巻の初版本は,いま一般に利用されている現行版『資本論』の底本となったエンゲルス編集のドイツ語第4版とは,価値形態の説明やその付論など,内容の一部が多少異なっており,その点で『資本論』研究にとって非常に重要視されてきた。
 この『資本論』第1巻の初版は,1867年9月ハンブルグのオット・マイスナー書店から刊行された。発行部数は,1OOO部であったが,今では知らないものはないこの本も,当時はあまり売れゆきがよくなかったといわれている。きわめて入手困難な今日から考えると,やや意外の感がないでもない。                               、
 ところで,この『資本論』第1巻の初版本は,鈴木鴻一郎氏の調べによれば,昭和45年現在で,わが国こ合計31部あるという。(鈴木鴻一郎『資本論遍歴』1971年,日本評論社)その内訳は,研究機関の所蔵するもの18部,個人所蔵分13部である。今回森戸先生から本学に寄贈されたものは,この個人所蔵分13部のうちの1部であるから,このことでわが国に現存する部数が変わるわけではない。
 鈴木氏によれば,諸外国ではこの第1巻初版本を所蔵していることが明らかなものは,意外に少ないとのことである。ドイツにはもうはとんど残っていないと推定されているが,これは第一次世界大戦後のマルク暴落期こ,かなりの部数がアメリカと日本に流出したこと,および第二次大戦の戦禍によってその多くが失なわれたことなどが,その理由として考えられるという。さらにまた,イギリスやフランスの研究機関などを当ってみても,その数は少なく,最も多く入手しているといわれるアメリカでさえ,信頼できる事情通の古書店主の推定では,せいぜい11,12冊程度であろうといわれている。いずれにせよ,『資本論』第1巻の初版本は,このように世界にも稀少なものである。それが日本に31部もあるということは,日本の『資本論』研究の旺盛さを物語っている。
 『資本論』第2巻の初版は,マルクスの没(1883)後,やはり同じオットー・マイスナー書店から1885年6月下旬に出版された。エンゲルスはこの第2巻を,マルクスの断片的な遺稿をもとにして,非常な苦労のすえ,しかもマルクスの本来の意図に可能なかぎり忠実にそうかたちで編集し,仕上げた。           
 フランス語版『資本論』第1巻初版は,『資本論』の数多くの版本のなかでも特異な重要性をもっている。これはドイツ語第2版のフランス語訳であるが,翻訳者ジョゼフ・ロアの訳稿をマルクス自身が校閲改筆した。ロアの訳稿ははなはだ不充分なものであったため,マルクスの校閲改筆はかなり徹底したものにならざるをえなくなり,結局,マルクス自身がドイツ語第2版をフランス語で大幅に書きなおしたかたちになってしまった。その結果,このフランス語版は,いわばマルクス自身の手によるもっとも新しい『資本論』第1巻であるということになり,この部分に関するマルクスのもっとも進んだ考えが盛りこまれることになった。ドイツ語版に比してとくに蓄積論における変更が根本的なものになっており,その意味でこのフランス語版は,『資本論』研究上きわめて重要な意義をもっている。これはもともと分冊で出版されたものを,1875年ラシャートル書店から1冊本にまとめられて出版されたものである。                   、
 このほか経済学関係で重要なものとしてとりあげられるのは,マルサス『人口論』(Malthus,T.R.;An Essay on the principles of population,Vol.1-2.6th ed.London,1826)〔B-1355〕,リカード『経済学および課税の原理』(Ricardo,D.;0n the Principles of Polit-ical economy and taxation .2nd ed.London,1819)〔B-1366〕,アダム・スミス『国富論』(Smith,A;An lnquiry into the nature and causes of the wealth of nations,vol.1,3.6th ed.London,1791)〔B-1371〕,ジェイムス・ミル『政治経済学要綱』(Mill,J.;Elements of political economy.2nd ed.London,1824)〔B-1362〕,ロトベルトゥス『国家経済の現状認識のために』(Rodbertus,J.K,; Zur Erkenntniss unsrer Staatswirthschaftlichen Z ustande,Heft 1.Berlin,1842)〔B-1369〕,ヒルフェルデイング『金融資本論』(Hilferding,R.;Das Finanzkapital.2.Aufl.Wien, 1920)〔B-1353〕などである。経済学では,以上みたようなマルクスとイギリス古典経済学の基本文献が中心であるが.これらはいずれも重要なものであり,広島大学図書館にとっても,もっとも貴重な蔵書の一部となるものである。

 6. 社会学 
                                      
 まず,社会学の創始者といわれるコントの主著『実証哲学講義』(Comte,A.;Cours de philosophie positive,tome 1-6.5.ed.Paris,1907-08)〔B-939〕がある。そこでは,社会発展の本質を人間の知識の発展のうちにみいだそうとする、”三段階の法則”が述べられ,数学を出発点とし,天文学,物理学,化学,生物学を前提として始めて実証的科学である社会学が形成されるとの主張がなされ,壮大な総合社会学の体系化がはかられている。かれが,『実証哲学講義』第4巻(1839)において“社会物理学”という名称にかえて、”ソシオロジー”(社会学)という名称を始めて用いたことはあまりにも有名である。コントの著作では,このはか『通俗天文学の哲学的概要』の序論として出版された『実証的精神論』(Comte,A.;Discours sur I'esprit positif.Paris,1909)〔B-940〕が本文庫に収録されている。
 コントよりややおくれて,19世紀後半のイギリスで,コントに匹敵する大規模な総合社会学の体系をたて,イギリス社会学の創始者となったスペンサーの『個人対国家』(Spencer,R.;The ManVersus the state.New York,1916)〔B-1002〕は,本部,国家や政府は略奪の産物で,有害な制度であるから,その機能はできるだけ抑制されなければならないことを説いた。また,社会主義についても,ブルジョア自由主義の立場から,”あらゆる社会主義は,奴隷制度をふくむ”として,社会主義批判を試みている。
 生物進化と社会進化の類似は,すでにスペンサーの社会学にもみられたが,社会の発展を進化論的に説く社会ダーウィン主義の代表者であるグンプロヴィチの『人種闘争』(Gumplowicz,L.;Der Rassenkampf.2.Aufl.Innsbruck,1909)〔B-959〕も収められている。そこでは,人類の歴史が,相異なる人種的集団(種属的な群)相互間の対立,闘争,優越集団による劣弱集団への支配,融合として説明され,いわゆる征服国家説の基礎づけがなされた。
 テニエスは名著『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(Tonnies,f.;Gemeinschaft und Gesellschaft.3.Aufl.Berlin,1920)〔B-1008〕において,ゲマインシャフトとゲゼルシャフトという社会の基本的対概念を区別し,社会学のみならず社会科学史上においても不朽の名をとどめた。
 ジンメルの『社会学』(Simmel,G.;Soziologie.2.Aufl.Munchen,1922)〔B-1000〕は,「社会化の形式に関する研究」と副題されている。これは,初期の総合社会学が百科全書的科学として隣接社会諸科学から,その科学性を問われるなかで,社会学独自の対象を内容的な関心や目的から抽象された形式的な人間間の相互作用そのものに限定する。社会諸科学とならんで,一特殊科学としての社会学の立場を確立しようとしたもので,いわゆる形式社会学の立場がくわしく展開されている。
 以上のほか,著名なものとして,知識社会学を展開したシェラーの『知識の諸形態と社会』(Scheler,M.;Die Wissensformen und die Gesellschaft.Leipzig, 1926)〔B-997〕,社会学をもって歴史の普遍的考察を目的とする歴史哲学と同一視したバルトの『社会学としての歴史哲学』(Barth,P.;Die Philophie der Geschichte als Soziologie,Teil 1.Leipzig,1922)〔B-927〕,テニエスの社会形態論ないし集団類型論を相互否定関係の導入によって,さらに発展させたフィールカントの『社会学』(Vierkandt,A.;Gesellschaftslehre.Stuttgart,1923)〔B-1011〕の初版などがふくまれている。

 7. 政治・法律

 分類順にみると,まずエンゲルスの『戦役雑記』(Engels,F.;Notes on the war.Vienna,1923)〔B-1381〕は,普仏戦争について書かれたエンゲルスの小品をまとめた小冊子である。
  『ザ・フェアラリスト』(The Federalist.Philadelphia,1871)〔B-1382〕は,アレキサンダー・ハミルトン,ジェームズ・マディソン,ジョン・ジェーが憲法の批准促進のために,ニューヨークの新聞紙上に掲載した論文集で,大部分ハミルトンの手に成るものといわれる。本文庫にあるのは,その1871年版であるが,アメリカ政治思想,憲法制定事情の研究には不可欠の文献である。
 グナイストの『法治国家とドイツの行政裁判所』(Gneist,R.von;Der Rechtsstaat und die Verwaltungsgerichte in Deutschland.2.Aufl. Berlin, 1879)〔B-1383〕は,明治憲法下における行政制度のあり方に決定的な影響をおよぽした著作として知られている。ホブハウスの『国家の形而上学』(Hobhouse,L.T.;The Metaphysical theory of the state.London,1921)〔B-1386〕は,名称からくるイメージとは逆に,へ-ゲルやポーザンケト流の国家論を批判したものである。                                              
 メンガーの『国家論』(Menger,A.;Neue Staatslehre.2.Aufl.Jena,1904)〔B-1392〕は,社会主義の運動や思想を法学的側面から集約し,社会主義国家にむけての具体的な改革案を提示している。なお,先生には,『近世社会主義思想史』(大正10年,我等社),『全労働収益史論』(大正13年,弘文堂),「メンガアの観たるマルクス派社会主義」(『改造』大正9年3月)など,メンガーに
関する訳業や論文も多い。
 シュタウディンガー『政治の文化的基礎』(Staudinger,F.;Kulturgrundlagen der Politik,Teil 1-2.Jena,1914)〔B-1101〕は,カント倫理学とマルクス主義との接合を試みたもので,本文庫のは初版本である。
 そのほか,珍本としては,『フランス政治の城壁』(Les Murailles politiques francaises Paris,1873)〔B-1395〕がある。これは,普仏戦争, パリ・コンミユーン期のパリの城壁にはり出されたビラ類を集録したもので,プロシヤ占領軍の布告,フランス政府やパリ市当局の市民に対する告知, コンミューン委員会のアピールなど多種多様な内容から成っている。

8. 哲学

 哲学関係でまず注目されるのは,ブルノー・バウアー『共観福音手批判』(Bauer,B.;Krik der evangelischen Geschichte der Synoptiker,Bd.1- 2/3, Aufl. Leipzig,1846)〔B-1401〕である。青年へーゲル派の論客で若いマルクスにへ-ゲル哲学を手ほどきしたバウアーは,この著で到達した結論によって完全にキリスト教と決裂したといわれている。
 ルートヴィッヒ・フォイエルバハの『キリスト教の本質』(Feuerbach,L.A.;Das Wesen des Christenthums.2.Aufl.Leipzig, 1843)〔B-1407〕も重要である。ほかに,エルネスト・ルナンの『イエス伝』(Renan,J.E.;Vie de Jesus.Paris,1870)〔B-1417〕,ジュースミルヒの『神の秩序』(Sussmilch,J.P.;Die gottliche Ordnung in den Veranderungen des menschlichen Geschlechts,Theil 1-3. 4.Aufl.Berlin,1775-76)〔B-1422〕があるが,後者は森戸先生自身の翻訳が昭和24年に第一出版株式会社から出版されている。

 <注>書名のあとのカッコ内の記号は,函架番号を示したもの。


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