執筆:小原友行(広島大学大学院教育学研究科教授)
目 次
1. 広島大学図書館教科書コレクションの概要
広島大学は,その前身校として,明治5年の学制頒布による教員養成所であった白島学校(明治7年創設)に端を発し,広島高等女学校(明治20年創設),広島高等師範学校(明治35年創設),三原女子師範学校(明治42年創設),広島工業専門学校(大正9年創設),広島高等学校(大正12年創設),広島文理科大学(昭和4年創設),広島師範学校(昭和18年創設),広島青年師範学校(昭和19年創設),広島女子高等師範学校(昭和20年創設)を含み,戦後は医学専門学校から昇格した医科大学を統合してその内実を備えてきた。すなわち,広島大学には,近代日本の多様な高等教育機関のほとんどが包含されていることになる。また,戦後も,広島文理科大学の伝統を継承して,教育学部(昭和53年に教育学部と学校教育学部に分離,平成12年に両学部は改組・統合)を中心として教育研究と教員養成が行われてきた。 このような歴史を反映して,広島大学には,近代から現代にかけての,初等教育機関から大学を含む高等教育機関の教科書が多数所蔵されており,他の大学では得られない資料の宝庫となっている。
広島大学図書館教科書コレクションは,教育学部の前身である広島高等師範学校,広島女子高等師範学校,広島師範学校,三原女子師範学校,広島青年師範学校の時代から蒐集され,現在は附属中央図書館に所蔵されている教科書の中から,江戸時代に寺子屋で使用された往来物から1951(昭和26)年までのもの約5,600冊を,大きく次の3段階に分類し,画像データベース化したものである。
第1段階は,時期区分別による分類である。具体的には,教科書制度の変遷を指標として次の6期に区分している。
|
[1] 学制実施以前(往来物等) | 江戸時代 | ~ | 1871(明治4)年 |
[2] 検定制度実施以前 | 1872(明治5)年 | ~ | 1885(明治18)年 |
[3] 検定教科書期 | 1886(明治19)年 | ~ | 1902(明治35)年 |
[4] 国定教科書期 | 1903(明治36)年 | ~ | 1945(昭和20)年 |
[5] 文部省著作教科書期 | 1946(昭和21)年 | ~ | 1948(昭和23)年 |
[6] 現行検定教科書期 | 1949(昭和24)年 | ~ | 1951(昭和26)年 |
第2段階は,学科(教科)別による分類である。具体的には,大分類は「哲学」「歴史・地理」「社会科学」「自然科学」「職業・工業」「農業」「芸能科・美術」「語学」「家庭科・家政」の9区分し,それぞれの中では,「修身」「算術」などの細目に区分している。
第3段階は,学校制度別による分類である。具体的には,「総記」「往来物」「幼児教育・幼稚園」「初等教育」「中等教育」「師範教育」「外地の教育」「軍事教育」「障害児教育」の9区分とし,さらにその中を「尋常小学校」「高等小学校」などの細目に区分している。 |
↑目次に戻る2. 教科書コレクションと電子化による公開の意義
広島大学図書館教科書コレクションは,江戸時代から現代までの教科書を体系的に分類・整理し,さらに画像化することによって,貴重な資料を誰もが見ることのできる共有財産とすることを可能にしている。その意義としては,大きく,教育的意義と研究的意義の両面を指摘することができる。 前者の教育的意義とは,教科書を通して近現代の日本の教育の歩みをたどるとともに,これからの教育の在り方を考える手がかりを得ることができることである。 教科書は,学科や教科の内容を教授・学習するための主たる教材であり,学校教育において重要な役割を果たしているものである。特に,近代の学校教育においては,その中心は,「教科書を教える」「教科書を学ぶ」ことであったともいえる。それゆえ,教科書の内容の変遷をたどることは,近現代の日本の教育の歩みを振り返るうえでも,またこれからの教育の在り方を考えるうえでも大切なことであろう。 後者の研究的意義とは,教育史研究や教育内容の改善・開発研究の貴重な資料として活用することができることである。 近代の教科書が所蔵されている代表的な図書館には,国立教育政策研究所教育研究情報センター教育図書館,教科書研究センター附属教科書図書館,東書文庫,東京学芸大学附属図書館などがある。今回のコレクションは,これらの図書館における所蔵教科書の量と比較すれば決して多くはないが,体系的に分類・整理されていること,画像データベース化されていること,キーワードなどによって容易に検索できるという点では,その研究的意義は大きい。 なお,広島大学には今回データベース化されたもの以外にも,各学部等の図書館や研究室には数多くの貴重な教科書や教授書が所蔵されている。今後これらが画像データベース化され,広く公開されることが期待される。 |
↑目次に戻る3. 教科書コレクションの特色
コレクションの全体的特色
広島大学図書館教教科書コレクションの全体的な特色は,次の3点である。
第1は,江戸時代の往来物から第二次世界大戦直後の教科書まで,すべての時期の教科書がある程度そろっていることである。今回は,「学制実施以前」「検定制度実施以前」「検定教科書期」「国定教科書期」「文部省著作教科書期」「現行検定教科書期」の6期に時期区分して整理しているが,どの時期のものもある程度そろっており,近代の歴史教科書の歩みをたどることができる。
第2は,どの学科(教科)の教科書もある程度そろっていることである。今回は,「哲学」「歴史・地理」「社会科学」「自然科学」「職業・工業」「農業」「芸能科・美術」「語学」「家庭科・家政」の9つに学科(教科)区分して分類しているが,いずれもがある程度そろっており,各学科や教科の教科書の全体像をつかむことができる。
第3は,初等教育段階から高等教育段階までの教科書があることである。今回は,「総記」「往来物」「幼児教育・幼稚園」「初等教育」「中等教育」「師範教育」「外地の教育」「軍事教育」「障害児教育」の9つの学校制度別区分に分類しているが,どの区分の教科書もあり,初等教育段階から高等教育段階までの全体像を把握することができる。,
このように,本コレクションの全体的な特色は,江戸時代から近・現代にかけての,すべての学科(教科)についての,そして初等教育機関から高等教育機関までの教科書がある程度そろっているということである。
各時期のコレクションの特色
学制実施以前・・・江戸時代~1871(明治4)年
江戸時代の教科書としては,寺子屋で使用されていた往来物と藩校で使用されていた漢籍の2種類が考えられるが,広島大学中央図書館にはその両方が所蔵されている。今回の教科書コレクションでは,往来物を中心に画像化を行っている。 明治時代になって学制実施以前までの教科書としては,欧米文化を紹介した啓蒙書と江戸時代の寺子屋で使用されていた往来物などが教科書として用いられていた。前者の教科書としては,地理の教科書と考えられる福沢諭吉訳の『世界国尽』,理科の教科書と考えられる『化学入門』や『格物入門』などがある。また,後者の往来物についても,『文章往来』など数種類が所蔵されている。
検定制度実施以前・・・1872(明治5)年~1885(明治18)年
検定制度実施以前の教科書制度は,学制期(1872年~1879年)と教育令改正期(1880~1885)では若干の違いがある。 学制期は,自由発行,自由採択制度であった。この時期の教科書の編集は,文部省と官立師範学校(東京)が中心となったが,公立師範学校や府県庁,民間会社でも教科書の編集・出版がなされた。また,出版された教科書は,各学校で自由に採択された。この時期の教科書の特色としては,次の3点を指摘することができよう。
- 欧米の教科書を翻訳・翻刻・翻案したものが圧倒的に多かったこと。
- 内容的には,欧米の文明を国民に啓蒙しようとする性格が強く,当時の日本の実態とはかなり遊離していたこと。
- 教科書と一般の書物との区別が必ずしも明瞭でないこと。
一方,教育令改正期には,文部省は近代教育の整備と教育政策の転換を図るため,標準教科書の作成を意図した「編輯局」を設置するとともに,地方学務局に教科用図書の取調べを行うための「教科書取調掛」を設置するなど,教科書政策の転換を図っていく。そして,教科書制度も,1881年に開申(届出)制度,1883年には認可(許可)制度となる。この時期の教科書の特色としては,次の5点を指摘することができよう。 - 教科書としての明確な目的・意図をもって編纂されるようになってきたこと。
- 学年別および発達段階別に編集されるようになってきたこと。
- 修身が教科の中で最も重視され,儒教主義的色彩の濃いものとなったこと。
- ペスタロッチ主義の開発主義教授法に基づく教科書が登場してきたこと。
- 往来物と学制期の翻訳教科書を融合させた教科書も登場してきたこと。
検定教科書期・・・1886(明治19)年~1902(明治35)年
検定教科書期には,森有礼文相のもと1886(明治19)年に「小学校令」が制定され,第13条において「小学校ノ教科書ハ文部大臣ノ検定シタルモノニ限ルヘシ」と規定し,教科書検定の態度を明らかにしている。また,同年5月には「教科用図書検定条例」を,翌年には「教科用図書検定規則」を定めている。その後,これらによって教科書検定制度が実施されていくことになる。検定教科書期の教科書の特色としては,次の4点を指摘することができよう。
- この時期の検定教科書のすべてが,学年別,児童・生徒の発達段階別に編集されるようになっていること。
- 修身の教科書は教育勅語を解釈したものとなっていること。
- 明治20年代後半から普及したヘルバルト主義教授法に基づいて編集された教科書が登場してきていること。
- 教科書の内容が次第に画一化してきたこと。
国定教科書期・・・1903(明治36)年~1945(昭和20)年
教科書の国定制度は,1903(明治36)年4月に小学校令を改正し,第24条において「小学校ノ教科用図書ハ文部省ニ於テ著作権ヲ有スルモノタルヘシ」と規定されたことによって確立した。そして,1904年度から,国定教科書が使用されることとなった。その後,国定教科書は,1907(明治40)年,1918(大正7)年,1932(昭和7)年,1941(昭和16)年と4度修正されていく。国定教科書期の教科書の特色としては,次の3点を指摘することができよう。
- 教科書の内容が,次第に国家主義的・軍国主義的色彩を強くしてくること。
- 美しい色刷りの教科書など,児童・生徒の興味・生活・活動を重視した方法上の工夫がこらされていること。
- 民族意識の昂揚を図るため,人物教材,軍事教材,道徳教材,神話教材などが多く登場してくること。
文部省著作教科書期・・・1946(昭和21)年~1948(昭和23)年
敗戦によって,教科書は一大転換を求められる。文部省著作教科書期には,戦時教材や極端な国家主義的・軍国主義的教材の省略削除(墨塗り)が行われる。 戦後の新学制は,1947(昭和22)年4月から発足するが,小・中学校で使用する新教科書は,授業開始に備えて,文部省によって急ぎ編集されていく。なお,『くにのあゆみ』は,GHQの指令で授業停止の処置を受けていた日本歴史の,1946年10月からの授業再開に備えて急ぎ作成された,新学制発足以前に発行された戦後最初の教科書である。 教科書コレクションには,この時期の文部省著作教科書がほぼそろっている。
現行検定教科書期・・・1949(昭和24)年~1951(昭和26)年
文部省は,国定制度による教科書の国家統制と文部省の独占を廃する立場から,1949(昭和24)年度使用の教科書から新たに検定制度を実施する。これによって,学校では,文部省著作教科書と併行して民間の検定教科書も使用されるようになる。 教科書コレクションには,この時期の検定教科書が数多く含まれている。
|
↑目次に戻る4. 電子化の範囲
広島大学中央図書館所蔵の教科書のうち,今回,教科書コレクションとして画像データベース化の作業を行ったのは約5,600冊である。そのための基礎作業として,「時期区分別による分類」「学科(教科)別による分類」「学校制度別による分類」を行っている。その範囲を整理すれば,以下のようになる。 |
A.時期区分による分類時期区分 | 件数 | 画像化の範囲 |
学制実施以前 | 514 | 全頁画像化 |
検定制度実施以前 | 809 | 全頁画像化 |
検定教科書期 | 523 | 全頁画像化 |
国定教科書期 | 3,200 | 一部は全頁画像化、他は部分画像化 |
文部省著作教科書期 | 196 | 部分画像化 |
現行検定教科書期 | 365 | 部分画像化 |
B.学科(教科)別による分類学科(教科) | 件数 |
哲学 | 702 |
歴史・地理 | 787 |
社会科学 | 202 |
自然科学 | 946 |
職業・工業 | 15 |
産業 | 129 |
芸術・芸能 | 526 |
語学 | 2,165 |
家庭科・家政 | 135 |
C.学校制度別による分類学校制度 | 件数 |
総記 | 3 |
往来物 | 476 |
幼児教育・幼稚園 | 1 |
初等教育 | 2,052 |
中等教育 | 2,527 |
師範教育 | 495 |
外地の教育 | 32 |
軍事教育 | 20 |
障害児教育 | 0 |
以上のように,今回電子化した範囲は,トータルで約5,600冊の教科書(副読本などは除く)である。時期区分別では,往来物等を中心とした「学制実施以前」の教科書と「検定制度実施以前」のものについては,そのすべてについて全頁画像化を行っている。 また,「検定教科書期」「国定教科書期」「文部省著作教科書期」「現行検定教科書期」の教科書については,検定済の教科書に限定してデータベース化を行い,表紙,標題紙,目次,本文の1頁,奥付についてのみ部分的に画像化を行っている(注1)。
注1:平成28年度「検定教科書期」「国定教科書期」の一部について全頁画像化を行ったため現在の状況とは異なる。現在の状況はA図に反映する。
[参考文献]
- 唐沢富太郎『教科書の歴史』創文社,1956
- 東京書籍株式会社社史編集委員会編『教科書の変遷』東京書籍,1959
- 海後宗臣編『日本教科書大系近代編』第1~27巻,講談社,1961~1967
- 海後宗臣・仲新編『近代日本教科書総説(解説編)』講談社,1969
- 日本近代教育史事典編集委員会『日本近代教育史事典』平凡社,1971
- 海後宗臣・仲新『教科書でみる近代日本の教育』東京書籍,1979
- 仲新・稲垣忠彦・佐藤秀夫編『近代日本教科書教授法資料集成』第1~12巻,東京書籍,1982
- 奥田真丈監修『教科教育百年史』建帛社,1985
- 平田宗史『教科書でつづる近代日本教育制度史』北大路書房,1991
- 海後宗臣・仲新・寺崎昌男『教科書でみる近現代日本の教育』東京書籍,1999
|
↑目次に戻る
※「小原友行. "教科書コレクション解題". 広島大学図書館所蔵教科書コレクション画像データベース目録 : 往来物から検定教科書1625~1951. 広島大学附属図書館編集・発行. 2001. iii-vii.」について、「4.電子化の範囲」を最新の情報に修正したうえで転載。